携帯が鳴らなくて

携帯のヴァイビング機能が死んだ。
原因はわかっている。
妻が中に入れてヴァイビングさせていたからだ。


そもそも俺の妻はアメリカ人で、もうなんていうか「テキサスの暴れ馬」と呼ばれるのも頷ける。
でも名付けたのは俺なので、頷けるのは当然だし、シンシナティ出身だからテキサスじゃないけど「暴れ馬」っつったらテキサスっぽいじゃん。
コネティカットの暴れ馬」じゃなんだかピンとこないだろ?
そもそもシンシナティってコネティカット州なのか?
それはいいとして、その暴れ馬キャサリンはこないだから俺の携帯電話をマナーモードにして突っ込み、自分の携帯から電話をかけて一人悦に入る。
しばらくすると携帯を取り出して俺に渡し、「慎之助、これパターン変えて」と言う。
俺はねっとりとした液に包まれた俺の携帯を受け取り、ヴィーンヴィーンからヴイヴインヴイヴインに変えて、キャサリンに手渡す。
その後パターンをヴイヴインからヴイヴイヴイヴイに、そして最後にまたヴィーンヴィーンに戻す度に同じ手順を繰り返した。


携帯の不調は徐々に明らかになった。
日本語変換機能が怪しくなって来たのだ。
「石井」と入力しようとしても「居しい」とか「鋳し射」とかそれどういう時に使うの?って単語しか表示されず、肝心の石井は一文字ずつ変換しなければならず、こんな事が他の単語でも起るのでやってられない。


キャサリンはといえば俺の携帯だけでは飽き足らず、自分の携帯も入れるようになった。
俺は言われるがまま家の電話から俺の携帯を鳴らした。
ヴゴゴゴヴ、ヴゴゴゴヴというヴァイブレーションと二つの携帯がぶつかりあうくぐもった音がする。
しかしそれにも慣れてしまったのだろう、とうとう「ちょ慎之助公衆電話からかけてきて」と言って来た。


サンプラーを買った時、女性の喘ぎ声*1をサンプリングしようと思った。
それ自体は既にコーネリアスがやっているし、特別な事でもなんでも無かったが、どうせやるなら徹底的にやろうと思い、PC→オーディオインターフェイスサンプラーと接続し、ネタを探していた。
しかしネタ探しとは要するに要するわけで、いつしか俺は自らの欲望を抑え切れず、パンツを下ろしていた。
そこまではまだ良かったが、ヘッドホンをしたままだったのがまずかった。
液を出したところでやっとヘッドホンをしたままだったのに気付き、外して振り返ったらキャサリンが立っていた。
どの辺から見ていたのかわからないが、夫が自分のCNPをしごいて、液を出した所を見たんだから、いつから見ていたかなんてほとんどどうでもいい事だ。
キャサリンのあのような復讐的行為が始まるまでそう日は要らなかった。


にしてもだ。
公衆電話から自分の穴の中に電話をかけろと来たか。
「わざわざ自転車で5分かかるようなコンビニまで行けって事か」
「それが嫌なら隣でもいいけど」
「アホか、隣の人なんか二言三言しか喋った事ねぇよ」
「じゃあこの機会に親交を深めなよ」
「どの機会だよ。第一なんて言って電話借りんだよ。今の時代隣の家に電話借りる口実なんて全く思いつかねぇよ。二個入ってるだけでも十分だろ」
「もう慣れちゃったのよ。それにきっと二台の携帯が織り成すヴァイブレーションのパターンの違い、即ちポリリズムが新たな快感へ導きそうじゃん」
「おまえポリリズムってこんな時だけperfume持ち出しといて普段ディスってんじゃねぇかよ」
「はあ?別にポリリズムperfumeの専売特許じゃないし。大体慎の字さっきからなんなの?この慎重な助平が」
「く、よく意味わかってんじゃねぇか・・・そうだよな、俺とお前はヴァイブスが違うもんな」
「うまくねぇよ。何うまい事言おうとしてんだよ。全然うまくねぇんだよ。」


そしてとうとう俺の携帯がヴァイビング機能を失った時、俺達は引っ越す事にした。
でもそれはもう少し駅に近くて広い所に住もうと言うだけで、別離を意味するわけでは無かった。
それ以上の意味なんて無くて、ヴァイブスも関係なかった。

*1:今気付いたが、喘ぎ声と天城越えは一文字違いだ