お前の血は何色だ

「「俺、君のためにも生き残るよ」
彼が残した最後の言葉は今となっては、というか当時としてもほとんど牧歌的と言って良い響きがあった。
それくらい戦局は逼迫していて、この星の勝機は皆無であるように感じられた。
その時点では日常生活にさほどの不自由を感じていなかった私ですらそう感じていたのだ。
それに日常生活に不自由しないと言ったって、街から男性の姿が減っている事など一目瞭然だったし、それに伴う人手不足や回ってない感は確かにあって、だからその辺の事を差し引いて、というエクスキューズがついていたのは否定できない。
そもそも彼のように運動などからっきしで、家に引きこもっていたような、自分は他人とは違っていて特別なんだと強く思っていた(思い込ませていた)人間が軍隊でなんか役に立つ訳が無い。
きっと足手纏いになって余計な犠牲が増えるだけだ。
そんな彼まで徴兵されるという事も事態の深刻さを表している様に感じられた。
もっともこの辺の推測は実態とは少し外れていたんだけど。


本当にだめな人で、あの人は基本的には自分の事しか考えてなかった。
なぜ私がそんな彼と一緒にいる時間があんなに長かったのか、私にも分からない。
彼はただ単に自分のしたいようにするだけで、私がいようと(そして恐らくいまいと)お構いなしだった。
そんな彼の最後の言葉が「君のために」なんて、なんだか滑稽だった。
何を今更。
もう遅いっつーの。
生きて帰って来れる訳なんかない。
危機に瀕したこの星の科学者が最終兵器を開発したからだ。
この兵器によって敵の侵攻は高度10万kmより手前に至る事は無かった。
そのためこの星の地面は奇跡的に無傷でいられたのだ。
文字通り彼の命と引き換えに。


この星の科学者が作った最終兵器のエネルギー源は人間だった。
科学者達の必死の研究開発の結果、髪の毛から爪の垢に至るまで、ありとあらゆる身体的な、有機的な物質は余すところなくエネルギーに還元され、増幅すらされるという。
そうやって彼らの黄色い血と引き換えに私達は生きていけるんだけど、どちらにしてもそんな事をしていてはこの星は保たない。
政府と軍もそんな事は分かってて、で一回凍結したけど、そしたら途端に地面に大穴空けられたので、今は選択の余地が無い。
「タマ」を打ち尽くすまでに人間がエネルギー源でない超絶兵器を科学者が開発しないと、この星は終りだ・・・」
ここまで読んで、男は頁を閉じた。
その本は一年前、その星を研究する学者から、恐らく抗議の意味を込めて送られたものだが、男はその地に降り立ってから初めて頁を開いたのだった。
違和感の無い日本語に訳されたその文章は、どうやらその星の市井や風俗等を伺い得る資料として価値が有りそうだったが、男にとっては最早何の意味も無かった。
彼は本を緑色に燃え盛る炎にくべた。
炎は色を変える事なく燃え続けた。