まっすぐ座ってください

もう先々月の事になるが、免許の更新のため免許センターに行った。
様々な流れ作業を経て、写真撮影に辿り着いた。
撮影機の前に丸いすが置いてあり、そこに座って顔写真を撮られる。
これまで何度か経験してきたので、別段気負うような事も無く順番を待っていた。
自分の番になり、係員の指示に従い椅子に座った。
すると係員は「まっすぐ座ってください」と言った。
俺は狼狽えた。
言っている事の意味が分からなかったし、これまでまっすぐ座ってくださいと言われた事がなかったからだ。
あまりに狼狽え過ぎてどうしていいかわからなくなり、言葉も発せなかったが、なんとか身を乗り出して、さしずめ雛壇芸人のツッコミが大中小とあるとしたら、中くらい、つまり座ったままで上体だけを前に倒したり、戻したりするあれ、がやっとだった。
異変を感じた係員の怪訝そうな顔を見てようやく俺は「あの、まっすぐ座ってるつもりなんですけど」と言えた。
これに対し係員の答えは「それはあなたがそう思っているだけです」という無常なものであり、俺は呆然とする他無かった。
何秒くらい経過しただろうか、恐らく実際にはそれ程長くはなかったと思いたいが、俺の後ろに待っている人がいるという事に思い至り、ようやく「あの、どっちに曲がってるのか言ってくれないと自分では直せないんですけど」ととても困った顔で言った。
係員もようやっと右だ左だ頭だ肩だと言ってくれるようになり、撮影は終了した。
はあ、なぜこんな目に。
あの人一日にかなりの数の人の写真を撮ってるわけでしょ?
中には俺みたいにまっすぐ座ってるつもりが実は歪んでる人なんていくらでもいそうなもんだけどなー。
などと思いながら安全講習を受け、新免許証が発行された。
うん、曲がってる、曲がってるよ。
肩が斜めになってる。
せめてきっちり撮ってくれよ。