お前らはどうか知らんが、俺は蓮沼フィルニューイヤーコンサート20019には満足していない

1/7恵比寿リキッドルームで、蓮沼執太フィルがニューイヤーコンサートと銘打ってコンサートを行った。

蓮沼フィルを生で見るのは2014年、『時が奏でる』のツアー以来。

その時に感じた事はこのブログにも書いた(https://ono-win2.hatenadiary.jp/entry/20140429/1398758397)が、つまるところ、オフマイクとオールシッティングで、踊りたくても踊れない、という所がポイントだ。

昨年はアルバムリリース、そしてすみだトリフォニーホールでのコンサートもあったわけだが、今作は前作ほどのインパクトを感じていない事とホールでのパフォーマンスは自分には合わないという判断から見送っていたところにリキッドルームでのオールスタンディングである。

待ってたぜこの時を。

しかしこの期待は打ち砕かれた。

演奏は申し分無かった。

序盤ライブハウスの超オンマイクPAと音数に慣れるのにわずかに時間がかかったが、よく考えるとむしろそちらのほうが日常。

ツインドラムも曲によっては今までにないアレンジで聞かせてくれるし、やっぱり曲全体としてクレッシェンドしてるし、盛り上がるよね。

じゃあどうして満足いかなかったかというとその原因は他のお客さんとのバイブス?の違いだろうか。

入りはキャパシティの恐らく89割くらいかな、フロアにそれなりの余裕があったので踊るには申し分無かったのだが、まあみんな動かねんだ。

俺の見える範囲で体を大きく(それとて自分のテリトリーを大きく逸脱するようなレベルではない)動かしているのは3人くらいしかいなかった。

曲が終わっても誰も手を挙げないし、歓声も挙げない。

静々と拍手するだけ。

この周りのリアクションの薄さに、俺の昂ぶった気持ちの行き場が無い!

こんな事書くとお前は周りの反応ばかり気にして音楽を聴いているようだが、一番大事なのは自分がどう感じたかでは無いのかと思う向きがあると思うし、実際自分もそう思った。

こんなにも周りの反応を気にしているのかと驚いたくらいである。

なんでか考えた時に思い浮かんだのが、欧米人の客の事。

欧米の音楽ファンは日本人とはノリが違う。

周りがどうだろうと自分が興奮していればそれをストレートに表現するので、なんか1人だけうるさい客がいるみたいな事が若い頃しばしばあって、それがなんかやだった。

ここで俺が己の昂りのまま振る舞うとあの欧米の客と同じじゃないかという恐怖があったわけだ。

いや、しかしそれは周りが大人しいのに自分だけ盛り上がるのは怖い、というだけの話。

俺はライブにおける観客の反応が自分と同じようになる事を期待しており、それも無いと満足できない、他の客のアクションも含めてライブと捉えているという事だ。

驚いた。一体感という言葉は使いたくないのだが、これが一体感でなくて何が一体感だろうか。



そもそもこいつらはなぜこんなにも盛り上がらないのか。

俄かか、俄か音楽ファンか。

いや、俄かが蓮沼執太にたどり着くかというとかなり怪しい。

違う、「オシャレ」で音楽選ぶ奴か。

俺の音楽に対する評価軸に無い「オシャレ」。

あり得る、それなら盛り上がらない理由もわからんでもない。

そうなるとあと気になるのは演者の皆さんなんだけど、この客の状態をどう考えてるのか。

上々だと思ってるのか、盛り上がりに欠けると思ってるのか。

つーか、あんなに盛り上がるように曲を設計してんのにそれに対してダイレクトに反応が無いなんて本当に手ごたえあるのかな?

という事を2ヶ月近く経ってようやく文章にできました。