匿名電話

「お宅のダンナ、大盛りにしてるよ」
ハルカが低くくぐもったこの男の声を初めて耳にしたのは晩ご飯の支度をしていた時だった。
男は名も名乗らず、たった一言呟くと、もう電話は切れていた。
ハルカはそれには気付かず「どちら様?何?何を大盛りにしたの?」と聞き返したが、既に電話の相手は無機質な電子音に換わっていた。
ハルカは思いを巡らせた。
あの陰鬱な、感情を表にあらわすまいとするかのような男の声。一体誰なのだろう。そんな事よりも、あの人が・・・大盛り?まさかそんな事って・・・。少食で、時には一杯のご飯すら残すようなあの人が?とても信じられない。きっといたずらだわ。
ハルカは気を取り直し、晩ご飯の支度に手を戻した。
ハルカの心配をよそに、その日も夫は一杯のご飯を食べるのがやっとという様子だった。
やっぱりあの人が大盛りになんかするわけが無いんだわと一安心するハルカだった。


電話は再び鳴った。
「お宅のダンナ、カレー大盛りにしてるよ」
「ちょっと誰なのよ!大盛りにしてどうしてるの?食べてるの?」
男の声はまたもハルカの問いに答える事なく、切れていた。
あの人がカレーを大盛りに・・・確かにあの人カレー好きだけど、普通に食べても胸焼けがするって・・・それを大盛りなんかに・・・
ハルカには具体的な料理が挙がった事で、男の言う事に信憑性を感じていた。
たった一つカレーという要素が加わっただけで。
しかしハルカはその疑念を打ち払うべく晩ご飯を作った。
その日ハルカは夫のお椀にいつもの1.5倍の米をよそった。
ハルカの期待も空しく、夫はそれを平らげてしまった。


翌日もやはり電話はかかってきた。
「お宅のダンナ、天丼大盛りにして食べてるよ」
ここに至ってはもはやハルカには質問を行う必要すら感じないくらい確信してしまっていた。
あの人は大盛りにしている、と。
お茶椀一杯でお腹いっぱいの彼が、天ぷらの天は天敵の天と言っていた彼が、天丼を大盛りに。
ハルカは裏切られた気分でいっぱいだった。


晩ご飯は天丼だった。特盛りの。
夫は狼狽した。
天丼が出て来た事もさる事ながら、少し大きめの銀色のボウルに、盛り付けなどという概念がまるで欠如した鬼盛りの米、そして菩薩のような顔をしたハルカに。
夫は以前「南ちゃんはほとんど菩薩のようなキャラだから、長澤まさみは適役では無い」と言っていた友人の顔を思い出しながらハルカに尋ねた。
「ど、どうし・・・」
「黙って食え!この大盛り喰らえもんが!」
「大盛り喰らえもん!?」